中小企業が金融機関から借り入れをする場合、通常は代表者の個人保証を求められます。
この代表者の個人保証が、中小企業の円滑な事業承継を妨げるネックとなる場合があります。
この点、法律ではありませんが、一定の要件の下に保証契約を解除できることを定めた「経営者保証ガイドライン」というものがあります。
<目次>
1.事業承継でネックとなり得る経営者の個人保証
2.「経営者保証ガイドライン」の内容
3.まとめ ~金融機関とのねばり強い交渉が必要
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1.事業承継でネックとなり得る経営者の個人保証
高齢化社会の進展で、70歳を超える中小企業経営者が約245万人となり、そのうちの約半数の127万人が後継者未定だそうです。
これは日本企業全体の約3割にあたり、この状況を放置すると廃業等によって今後10年間で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があると指摘されています。
今後、適切な事業承継を促していくことが社会的な課題となっています。
ところが、円滑な事業承継を妨げている1つの問題が、経営者保証の問題です。
通常、中小企業が銀行などの金融機関から借り入れをしようとする場合、代表者などの経営者が保証人となって金融機関と保証契約を締結することを余儀なくされます。
たとえば、中小企業の社長であるAさん(70歳)が、自分の事業を後継者に引き継ぎたいと考えている事例を考えてみましょう。
事業承継にはいくつかのパターンがありますが、自分の子どもなど親族に引き継がせる場合(親族内承継)、会社の従業員や他の会社役員などに引き継がせる場合(役員・従業員承継)、社外の会社等に引き継がせる場合(M&A等)などがあります。
いずれの場合でも、まず、事業が無事に後継者に承継されるとして、Aさんが金融機関に対して負っていた保証債務はどうなるのでしょうか?
事業承継が完了し、Aさんが会社の経営から手を引いた後も、Aさんの保証債務が残り続けるのは酷な感じもします。
また、事業承継にあたり、新しく会社の代表者などに就任する人は、新たに金融機関との間で保証契約を結ぶ必要があるのでしょうか?
もし後継者にも保証契約の締結を強いられるとすると、それこそ後継者になりたいという人がいなくなってしまう可能性があります。
そこで、日本商工会議所と一般社団法人日本銀行協会が設置した「経営者保証に関するガイドライン研究会」は、平成26年12月、中小企業金融における経営者保証について、「経営者保証に関するガイドライン」を策定し、公表しました。
2.「経営者保証ガイドライン」の内容
この「経営者保証ガイドライン」は、中小企業金融における経営者保証について、主たる債務者、保証人及び金融機関において合理性が認められる保証契約のあり方等を示すことを目的として策定されたものです(ガイドライン1項)。
このガイドラインは、法律ではないので法的な拘束力がなく、もし金融機関がこのガイドラインに従わなかったとしても、特にそれに対する法的なペナルティーはありません。
ただし、金融庁における「主要行等向けの総合的な監督指針」及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」において、金融機関に対してこの「経営者保証ガイドライン」を遵守することが求められています。
このように、監督官庁である金融庁からの意向があるため、法的拘束力はないものの、金融機関としてはこの「経営者保証ガイドライン」をある程度尊重した貸付実務を行わなければならないということになっています。
(1)新たな経営者に保証契約が引き継がれるかという問題
そして、この「経営者保証ガイドライン」第4項(2)では、保証契約の必要性等に関して、以下のような要件を将来にわたって充足すると見込まれるときは、経営者保証を求めない可能性を検討すべきであると規定されています。
イ)法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されている。
ロ)法人と経営者の間の資金のやりとりが、社会通念上適切な範囲を超えない。
ハ)法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得る。
ニ)法人から適時適切に財務情報等が提供されている。
ホ)経営者等から十分な物的担保の提供がある。
その上で、「経営者保証ガイドライン」第6項(2)②は、金融機関は、前の経営者が負担する保証債務について、後継者に当然に引き継がせるのではなく、必要な情報開示を得た上で、上記の第4項(2)に即して、保証契約の必要性等について改めて検討することとされています。
また、金融機関が検討を行った結果、後継者に経営者保証を求めることがやむを得ないと判断された場合などでも、主たる債務者や保証人に対して保証契約の必要性等を丁寧かつ具体的に説明することとされています。
さらに、金融機関は、保証契約を締結する際には、経営者の経営意欲等を阻害しないように、形式的に保証金額を融資額と同額とはせずに、保証人の資産及び収入の状況、融資額、主たる債務者の信用状況、物的担保等の設定状況、主たる債務者及び保証人の適時適切な情報開示姿勢等を総合的に勘案して設定すると定められています(同ガイドライン5項(2))。
(2)前の経営者が、保証契約を解除できるかという問題
また、「経営者保証ガイドライン」第6項(2)②では、事業承継時における前の経営者との保証契約の解除についても定めています。
すなわち、金融機関は、前の経営者から保証契約の解除を求められた場合には、前の経営者が引き続き実質的な経営権、支配権を有しているか否か、当該保証契約以外の手段による既存債権の保全の状況、法人の資産・収益力による借入返済能力等を勘案しつつ、保証契約の解除について適切に判断することとするとされています。
3.まとめ ~金融機関とのねばり強い交渉が必要
「経営者保証ガイドライン」のにおける保証契約の部分の概要については以上のとおりです。
厳しい要件を定めているところもありますが、全体的には金融機関に対して企業の実情等に応じてある程度柔軟な対応をすることを促しています。
このガイドラインができてから約6年程度経過しており、このガイドラインによって事業承継がなされた事例も多くなっています。
重要なことは、金融機関との間で密な協議を行って、情報の開示等をしっかりと行うことです。
こちら側が誠意のある態度を示し、このガイドラインを最大限に使って粘り強く金融機関と交渉していくことが重要だと思います。
もしご自身で金融機関との交渉が難しいと感じる場合には、弁護士に相談して、弁護士にこうした交渉を依頼するという方法もありますので、ご検討下さい。
【編集後記】
今日の午後は,錦糸町にある東京簡易裁判所で建物賃貸借関係の民事調停の期日が入っています。
錦糸町というと,さすがに自転車というわけにもいかず,久しぶりに電車に乗って出かけます。