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ボクが弁護士になりたいと言ったとき、みんなが笑いました。でも・・・(6)

働くお母さまの為の離婚相談

弁護士になるためには、司法試験という難関国家試験に合格しなければなりません。

 

通常、司法試験に合格するのは、東大や京大、早稲田、慶應、中央といういわゆる一流大学の出身者がその大半を占めています。

 

しかし、私は駒澤大学の出身。

 

少なくとも当時はほとんど司法試験の合格実績がない大学でした。

 

そんな、非エリートの私が、どのように司法試験に合格して弁護士になったかをお話します。

第6回 快調だった滑り出し ~司法試験受験時代の前半

1 予備校に行って一流大学の学生たちと切磋琢磨!?

2 初めて日本国憲法の価値を知る

 

 

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1.予備校に行って一流大学の学生たちと切磋琢磨!?

こうして、紆余曲折ありながらも、司法試験の受験勉強に突入した私は、早速司法試験予備校に通い始めました。

 

当時の司法試験(旧司法試験)は、今のような法科大学院(ロースクール)制度がありませんでした。

 

私が受験生だった1990年代後半頃、当時の受験生はみな司法試験予備校といわれる所に通いながら勉強をするのが一般的でした。

 

そして、やはり難関試験に合格するためには、実力のある他大学の受験生に混じって切磋琢磨する必要があるだろうとも思いましたので、私も予備校に行くことにしました。

 

当時の司法試験予備校は、大手三大予備校と言われていたLec(東京リーガルマインド)、早稲田司法試験セミナー、辰巳法律研究所の3校がしのぎを削っていました。

 

そこに、新興勢力と言われた伊藤塾(当時は、「伊藤真の司法試験塾」という名前でした)が、彗星のごとく台頭していた時代でした。

 

私も、どの予備校に行こうかと、いろいろと見て歩きましたが、最終的に伊藤真塾長の講義に感銘を受けたこともあり、また当時の自宅から近い渋谷にあったこともあって、新興勢力だった伊藤塾に入ることに決めました。

 

伊藤塾に入ってみると、周囲の受験生はみな一流大学の学生で、とにかく若い学生が多かったのが印象に残っています。

 

そして、彼らと話をしていると、私とは違って、ごく自然に司法試験の世界に入ってきていることが分かりました。

 

私は、これまで書いたように、司法試験を受験するかどうかで散々悩みましたが、彼らにはそういった悩みはなく、なんとなく大学の2年生か3年生になったので、そろそろ司法試験受験予備校に行くか、とった軽いノリで来ているのです。

 

これには正直驚き、大変大きなギャップを感じたものでした。

 

こうした、若くて優秀な学生に囲まれて、私の予備校通いが始まったわけですが、最初はやはり周囲の受験生はみな自分よりもはるかに頭が良さそうに見えたものでした。

 

しかし、私も、もう人生後がないという心境で来ていますので、気合いが入っています。

 

講義を聴きながら、地道にコツコツと必死に勉強を積み重ねて行くと、次第に模擬試験などで彼らよりも良い成績がとれるようになってきました。

 

そうなると私にも少しずつ自信がついて強気になって行きます。

 

何事とも、勉強のし始めの頃というのは、新しい知識を吸収する段階なので、やる気さえあれば勉強は非常に楽しいものなのです。

 

自信をつけた私は、この分なら早期に合格することも十分に可能だ、よし、やってやる!と鼻息荒く勉強に打ち込みました。

 

しかし、やはり司法試験の勉強というものがそれほど甘くないということを、後々嫌というほど思い知らされることになるのです。

 

2.初めて日本国憲法の価値を知る

ところで、予備校に入って最初の授業は憲法、しかも講師は伊藤真塾長です。

 

恥ずかしい話、私はそれまで憲法をほとんどまともに勉強したことがありませんでした。

 

憲法というのは、大学ではだいたい1年生の頃に習いますが、私はその当時は大学の授業から遠ざかり、遊びほうけておりました(笑)。

 

ですから、憲法の知識といえば、中学校3年生のときの公民の授業で習ったレベルしかありませんでした。

 

日本国憲法で一番大事な価値は何か?

 

こう聞かれても、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義というおざなりな知識しかありません。

 

伊藤真塾長の憲法の講義を聴き、日本国憲法で一番大事な価値は、実は憲法13条の個人の尊重だということを教えられました。

 

日本国憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しています。

 

実は、この個人の尊重を定めた13条が日本国憲法で最も大切な条文なのです。

 

この個人の尊重ということをもっと具体的に言えば、人は個人として、他人と違っていても良いし、むしろ違っていて当たり前、他人と違うことが素晴らしいのだということです。

 

そして、そうした違った一人一人の価値を最大限に尊重しよう、個人一人一人の個性を国家権力や多数派の横暴によって奪ってはならない、そうしたことを定めているのが憲法13条なのです。

 

何となく、憲法についてのおざなりな知識しか持ち合わせていなかった私は、このことを知って本当に感動しました。

 

他人とは違う、個性的に生きることを憲法が認めてくれる、保障してくれるということで、何か日本国憲法がとても器の大きな、愛に満ちた母なる大地のような存在に感じるようになったのです。

 

私は、大学を卒業してからも、普通に就職もせず、いわば迷走しながらブラブラと生きてきました。

 

大学時代の友人たちは、もうみな就職して働いていて、なにか自分だけこんなことをしていて良いのだろうかと、とても孤独で置いて行かれたような気分になっていたものです。

 

大げさに言えば、マイノリティーの立場に置かれるということは、こういうことなのでしょう。

しかし、この憲法13条の理念を学んだことで、自分は自分で良いのだ、他人と違っても、しっかりと自分の道を歩いて行こう、そのように前向きな気持ちで勉強できるようになりました。

 

そして、自分も早く合格して、不当な人権侵害に遭っている人のために、この憲法を使って手助けができる弁護士になりたい、そんな風に思ったものでした。

 

孤独で辛かった司法試験の受験時代、私は本当にこの憲法13条に励まされたのでした。

 

次回以降は、辛かった受験時代後半を何とか乗り切り、合格に向かっていったお話をしたいと思います。

 

このシリーズも長くなってしまいましたが、もう少しですので、お付き合い下さいね。

 

 

【編集後記】

昨夜は家族の夕食作りの担当でした。

 

どうせなら今まで作ったことのないものを作ろうと思い、シーチキンと塩昆布のパスタを作りました。

 

とても簡単にできるのですが、これが意外においしかったです。

 

ついつい慣れた料理ばかり作りたくなってしまうのですが、やはり新メニューにチャレンジすることは大切ですね!

 

  
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