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ボクが弁護士になりたいと言ったとき、みんなが笑いました。でも・・・(最終回)

働くお母さまの為の離婚相談

弁護士になるためには、司法試験という難関国家試験に合格しなければなりません。

通常、司法試験に合格するのは、東大や京大、早稲田、慶應、中央といういわゆる一流大学の出身者がその大半を占めています。

しかし、私は駒澤大学の出身。

少なくとも当時はほとんど司法試験の合格実績がない大学でした。

そんな、非エリートの私が、どのように司法試験に合格して弁護士になったかをお話します。

最終回 自分の殻をやぶってチャレンジを!

<目次>

1.崖っぷちだった受験本番 〜もうダメだと思ったその時からが勝負

2.嬉しいというよりホッとした最終合格

3.自分の殻をやぶってチャレンジを!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 1.崖っぷちだった受験本番 〜もうダメだと思ったその時からが勝負

もうこれで最後と思ってのぞんだ3回目の受験。

 

まずはじめは5月に行われる短答式試験(択一試験)です。

 

1回目と2回目の受験は、見事にこの短答式試験で落ちていました。

 

そこで、この年は万全を期すため、とにかく本番に備えて練習問題を解きまくりました。

 

その甲斐あってか、予備校で受ける模擬試験では、この年は全国の成績上位者として名前が乗るまでになっていました。

 

まあ、今年は大丈夫だろうと思ってのぞんだ担当試験本番。

 

やはり最後まで何があるかわかりません。

 

この年(平成14年)は、短答式試験の問題が例年と比べて異常に難しく、問題を解き進めてもどうも手応えをまったく感じません。

 

それまでの模擬試験では、点数が良かったときは問題を解いている段階でそれなりの手応えを感じたものですが、この試験本番のときは、とにかくできているという感触がまったく得られず、問題を解いていても不安ばかりがつのっていきます。

 

しかも、1問1問が異常に難しいため、解くのにもいつもより時間がかかってしまいます。

 

気づくと試験時間3時間30分のうち、残りは50分しかなく、しかもその段階で、3科目中のまだ1科目(民法)がまるまる残っていたのです。

 

私は慌てて民法の問題を解き始めましたが、これまた非常に難しくて手強い。

 

私は疲労感と徒労感で、だんだん弱気になってきました。

 

今年もやはり無理かもしれない、もうあきらめてしまおうかと。

 

しかし、他方で、自分はこれで悔いはないのかという心の声も聞こえてきました。

 

もし悔いが残って、また再度チャレンジするとして、これまで1年間やってきた勉強生活をもう1年送れるのか?

 

私は、それは無理だと思いました。

 

もうあの1年をもう1回繰り返すのは絶対に嫌だ。だって、そういう気持ちでこの1年必死に勉強してきましたから。

 

もう1年同じことをするなんてあり得ませんでした。

 

そこで、私は、試験中にもう1度最後の気力を振り絞りました。

 

そして、残りの時間で最後の科目である民法の問題を必死になって解きました。

 

その結果、なんとか時間内にすべての問題を解き終えることができました。

 

合格しているかどうか、半信半疑でしたが、結果は合格でした。

 

しかも、後日談があり、後で答え合わせをしてみると、なんとこの最後の50分で解いた民法の正解率が一番高かったのです。

 

私がお世話になった伊藤真塾長は、「もうダメだ、と思ったその時からが勝負だ」とよく言っていました。

 

まさにその通りでした。

 

私があのとき、民法の問題を解く前にあきらめてしまっていたら、絶対に合格なかったでしょう。

 

この年は短答式試験の問題が異常に難しかったのですが、自分が難しいと感じているときは、周囲の受験生もみな同じく難しいと焦っているのです。

 

そのときに、動揺したりあきらめたりせずに、最後まで気力を振り絞って問題に立ち向かう人が受かるのです。

 

まさに、もうダメだと思ったそのときからが、実は勝負なのです。

 

2.嬉しいというよりホッとした最終合格

5月の短答式試験に合格すると、今度は夏本番の暑い時期である7月に、司法試験の天王山である論文式試験が2日間にわたって行われます。

 

2日間で6科目、合計12通の論述式の答案をひたすら書かなければなりません。

 

腱鞘炎になりそうになりながら、なんとか2日間を終えると、しばしの休息、夏休みです。

 

そして、秋口の10月の初めに論文試験の合格発表があります。

 

当時はまだインターネットによる発表はない頃で、霞ヶ関の法務省の中庭に合格者の番号が張り出されます。

 

私は正直あまり自信はなかったのですが、発表に行ってみると、なんと私の番号があるではありませんか!

 

こうして論文試験に合格すると、合格発表から約2週間後に最後の口述試験が行われます。

 

そして、2002(平成14)年11月11日、この日は私の人生を変えた運命の日でした。

 

司法試験の最終合格発表。

 

最終合格がわかったとき、私は嬉しいというより、やっと終わったという安堵感というか、ホッとした気持ちでいっぱいでした。

 

これでようやく、長く暗いトンネルから抜け出して、自分の人生が開けてくる、そんな気持ちがジワジワと心の奥底から湧いてくる気持ちでした。

 

3.自分の殻をやぶってチャレンジを!

これまで、私が司法試験をめざしたきっかけや、合格体験記のようなものを書いてきました。

 

そろそろこのシリーズはいったんこの辺でおしまいにしようかと思います。

 

非エリートだった私が司法試験にチャレンジして良かったと思うことは、それまでの自分の狭い殻をやぶって新しい世界が開けたことです。

 

この世の中というものは、なんというか既定路線というか、たとえば高卒ならこういう会社、このレベルの大学ならこの程度の会社に入って、そこで何年働いて、生涯賃金はいくらくらいとか、目に見えない殻のようなものがあり、多くの人は知らず知らずのうちにその殻にとらわれて生きているように感じます。

 

しかし、世の中には確かにそうした既定路線が存在することは事実ですが、実は自分自身の頭の中でそうした殻を作ってしまって、それに縛られてしまっているように思います。

 

ですが、その殻をやぶってみると、自分が頭の中で既定路線だと思っていたものは、実は既定路線でもなんでもない、自分の努力でそれを変えることだって不可能ではないということに気がつきます。

 

それは、確かにしんどい道のりではあります。

 

既定路線にしたがって生きていた方がラクな部分もあります。

 

しかし、思い切って殻を破ってみれば、自分の世界や視野が大きく広がり、もっともっと自由に生きることができるのです。

 

だから、特に若い人には、頭の中で無意識のうちに作り上げている既定路線や殻に縛られることなく、殻をぶちやぶってチャレンジしてほしいと思います。

 

いや、若い人だけではありません。

 

今は人生100歳時代です。

 

いくつになっても遅すぎるということはない。

 

実際私も、特に異業種の人と交流すると、新しい学びや発見も多く、自分がいかに狭い世界で生きているかということを思い知らされます。

 

でも、どんどんチャレンジして、いくつになっても自分の視野や世界を広げることが、自分の成長や充実した人生につながるのではないでしょうか。

 

その方が人生楽しくないですか?

 

これからもどんどんチャレンジし、自分の殻をやぶってもっともっと成長したいと思います。

 

というわけで、このシリーズはいったんここで締め括ろうと思います。

 

それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

【編集後記】

昨日は、弁護士会の委員会がオンラインでありました。

 

今年度から、東京弁護士会の業務改革委員会に入っています。

 

ここでは、弁護士業務の効率化、デジタル化、オンライン化、テレワークなどについて研究しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

  
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